母の死

あまりに突然の母の死

私が、35年ぶりに高知の実家で生活するようになって
18日後に、母が亡くなりました。

 

 

実は一か月前に脱水症状で医者に担ぎ込まれたばかりで
体力的にもちょっと弱っていたんだと思いますが
80歳にしては、ボケてないどころか、
記憶力もしっかりしていて、思考力も完璧
さらに、耳もしっかりしていて、私にメモを書けるほど視力も衰えていませんでした。
ひざ痛で這うことでしかトイレにも行けないことさえなければ健康優良老人です。

 

 

前日の夜、翌日の朝食の話を交わしたのが最後で
翌日の朝には、母は帰らぬ人になっていました。

 

 

あまりに急な母の死に、私は悲しむどころか、何がなにかわからず
唖然としていました。
しかも、長男なので喪主としての務めがあります。

 

 

母から私に世帯主が変わったため
隣近所や組長さんから地域の決まり事やしきたりなどを詰め込まれます。

 

 

症状が悪化し始めたのか、当時の記憶はあまり残っていません。
医者からは、「ショックでしょうが、しばらくはのんびりするよう努めてください」
薬の量を増やされました。

 

 

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