休職願いを提出

診断書提出

 

2月ころから、社内でも真っ直ぐ歩けず、
赤ちゃんでもないのに、壁に手を当てて伝い歩きをしたり、

 

 

部下を私の席に呼んで指示を出しているときに、
つわりでもないのに、つわりのように吐き出しそうな吐き気を催したり、

 

会議中に頭が割れるような頭痛に襲われて、
うめき声を出しながら頭を抱え込んだりと、

 

 

勤務中に何度もそのような状況だったので、
私は、早く会社を休みたくて仕方ありませんでした。
体調が悪くて横になりたいという気持ちもありますが、
それ以上に、そのような醜態を社員の前で見せたくありませんでした。

 

 

しかし、休むにはそれなりの病気でなければなりません。
あのころの私は、なんの病気かわからず、その病気を知りたくて
脳神経外科を受診し、CTスキャンやMRIスキャンを受けました。
2月から7月までの約半年、思えば遠回りをしたものです。
この半年近い期間が、症状を悪化させ、回復を遅らせたと言えるかもしれません。

 

 

 

 

うちの会社は、社員数150名の会社ですが、
私は取締役ですので、上司と言えるのは社長と常務です。
さすがにこのようなことを社長には話せませんので常務の席を尋ねました。

 

 

常務には以前から症状を伝えていましたし、
赤ん坊のように壁を伝い歩きする様子や、常務の席で報告中に、嘔吐しそうになったりと
常務は、私の症状を何度も目の当たりにしていましたので
病名が分かっただけでも良かったと安心してくれました。

 

 

とくに、当社では、ここ5年の間にうつ病でよる休職した社員が10人近くいます。
私が診断書を提出しても驚きません。
むしろ、うつ病ではなく、回復の可能性が高い適応障害だということで、
胸をなでおろしていました。

 

 

 

常務が気にしたのは、いつから休職するかということです。
その日は、会社を休んで病院に行っていたので、
明日から、休職扱いしてもらえるようお願いしました。

 

 

普通なら、却下されてもおかしくない、急な申し出でしたが
いつもの、伝い歩きや嘔吐、頭痛を思い出したのか
クリニックから出してもらった診断書の休職3ヶ月の開始日を許可してくれました。

 

 

 

こうして、会社を休む時期を翌日からにしてもらい、
社外への引継ぎは、常務と私のサポートをしてくれていた課長に頼んで、
その日は、それだけで会社を出ました。

 

 

 

私の、実質的な会社への出社は、これが最後となりました。

 

 

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