離婚

妻からの離婚申し出

妻から正式に離婚の話が出たのは、2013年1月でした。
別居の話が出たころから、話の端々にその気配を感じていたので
あぁ、こんな感じで世間の人は離婚していくのかな?
そんな、なにか他人事のような感じでした。

 

 

「ホントはもっと前に相談したかったんだけど
お母さんが亡くなったりしてバタバタしていたから
今になったけど…」

 

 

母が死んでなければ、引っ越し直後くらいに離婚したかったのでしょうか?
そんなに急いで、関わりたくなかった?

 

 

妻と会うことを約束した日に子供たちにメールで聞いてみると、
「自分たちは、自分たちだから…」
二人の子供には、妻はすでに話して了解済みです。

 

 

別居のことといい、離婚のことといい、
こちらには何の相談もなく全て自分で決めてしまう妻、
人間として、ホントにそれでいいのかな?って思ってしまいます。

 

 

「なんで、離婚したいの?その必要性がわからないんだけど。
別居のままでもいいじゃない」
「経済的にも、生活面でもお互いに独立してやっていきたいから」
つまり、私の面倒は見たくない。ということです。
無収入で54歳という高齢で就職口のない男の面倒を見るのはイヤ!
そういうことなんでしょう。

 

 

この日までに、自分でも離婚することに気持ちが傾いていたので
OKすると、バッグから離婚届けを出して、
「じゃ、これに署名と印鑑を押して」

 

 

これで、25年の婚姻生活に終止符が打たれました。

 

 

前から、こうなると予測していて自分でも気持ちに揺らぎはないものの
適応障害という病気には影響があったようでした。
医者からは、また薬を増やされました。

 

 

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