一日の過ごし方

一変した一日の過ごし方

毎日、決まった時間に出社し、仕事を終えると帰宅。
そんな毎日だった生活が、休職とともに一変しました。

 

この激変も後から思えば、私にはストレスだったのかもしれません。

一日のタイムスケジュール

いつも出勤していたい平日と休日の違いがなくなった私の毎日は
次のようなものでした。

 

 

 

就寝は25時ごろですが、
会社を休むようになった最初のころは、
薬の影響と明日のことや会社のことを考えなくてもいいという
安心感と薬の影響でから、10時間以上ぐらい寝ていました。
25時から26時頃就寝して、起きるのは11時や12時頃でした。

 

 

この就寝時間や睡眠時間については
医者の配慮で、何度か薬の量を調節することになりました。

 

 

 

 

起きている時間は、ボ〜っっとしている

目覚めてからは何もすることがないというより、
それ以上に何もしたくないんです。
あきらかにウツ傾向の病気の症状です。

 

 

極端な話、床や廊下が汚れていても、掃除する気になりません。
それ以前に、汚れていることが気になりません。

 

 

そして、動きたくないんです。

 

 

ベッドに横になっていると、その姿勢自体が
窮屈に感じられて居心地悪いので
デスクの椅子に浅く腰を据え、
背もたれにぐったりもたれるような姿勢で座ります。

 

 

そして、何を見るでもなく窓の外を眺めます。
家並みの屋根や向うに見える山並み、
そしてたまにカラスや飛行機、ヘリコプター。
そんなものが見えたからと言って何があるわけでもなく
ひたすら、じ〜っと座って眺めているんです。

 

 

生ける屍です。
自分を第三者がみればそう思うだろうと分かっていても、
自分ではその姿勢、そうしていることが楽だからどうしようもありません。

 

 

とにかく、起床してから食事と入浴以外の時間は
ほとんど、椅子にもたれかかってボ〜〜〜っとしていました。

 

食事

食事は「義務」みたいなものでした。
義務だから、食べたくなくても食べなきゃならないんだと
そう思って食べていました。

 

 

私の一日の食事は2回です。
朝食と昼食を兼ねた食事を、昼のTVを見ながらいただきます。

 

 

メニューはいつも同じです。
妻は仕事に出かけていて、いないので
私が自分の分を作るんですが
インスタントラーメンか玉子かけごはんでした。

 

 

インスタントラーメンと言っても
温水器のお湯を器に入れ、麺とカヤク・スープをいれて
レンジで4分待てばいいだけですから、いたって簡単です。

 

 

夕食は、妻が帰宅して簡単なものを作ってくれて、
それをいただいていました。
おもに、ざるそば、焼きそば、焼き魚、野菜炒めなど
私が好きなメニューです。
それらを缶ビールを飲みながらいただきます。

 

 

この病気に限らず、アルコールはいけないもののようですが
夕食時にビールは欠かせない私にとって、
ビール抜きの食事は考えられません。

 

 

医者は、
「まぁ、食事を摂らなくなっては本末転倒なので
1日にその程度の量なら、いいでしょう」
と渋々了承してくれました。

 

 

近所のスポーツジムで入浴

入浴も、私にとっては義務の一つでした。

 

 

ずっと以前からジムに通っていた私は、
適応障害になってからは、入浴だけのためにジム通いを始めました。
自宅の浴槽よりも広いし、サウナを利用できるのが
何よりの楽しみだったのです。
そして、私の一日の中で唯一の外出でもありました。

 

 

インストラクター以外では、顔見知りもなく
挨拶する人もいませんので、
平日の夕方早い時間から風呂に浸かっていても
誰も気にしません。
インストラクターさんも、風呂の方までは来ませんので
誰を気にすることもなく、気楽に過ごせました。

 

 

 

そもそも、夕方遅い時間になると同じジムに通っている会社の同僚たちと
顔を合わせる危険もあるので、夕方6時までにはスポーツジムの建物を出るようにしていました。

 

 

 

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