退職

退職

私の退職意思は3か月前の3月に伝えていました。
その年の6月の株主総会で承認されました。

 

 

 

 

退職理由1-役員報酬減額

決定的な退職を決意した動機は役員報酬減額です。
私の給与への圧力に加え、監査法人から
取締役・監査役の役員報酬減額を指導されたようです。
赤字会社として、費用削減を役員の給与から示すべきとの考えだそうです。

 

 

そうはいっても、会社は社長のオーナー企業で
役員報酬の8割は社長の給与です。
私たち平取締役は社員給与と変わらない支給額です。
そんなことは気づいている監査法人ですが、
株主や金融機関への顔向けもあって
一応指導し、そのとおり実施するように強い指導があったようです。
指導というよりも、裏では銀行が糸を引いているのが明らかですが。

 

 

減額幅は2割。
しかも、社長にはそこまで減額できないので
役員全体で2割削減するには、
われわれ平取締役が2割以上給与カットされることになります。

 

 

役員でいることの疑問

銀行を通じただされた監査法人の役員報酬減額指導は
取締役・監査役だけへがカット対象です。
当然不満がでます。
監査役の一人は、退任希望を申し出たようです。

 

 

私も給与カットされると、一般社員よりも給与額が低くなります。
赤字会社と言っても、為替評価での赤字で
本業では順調ですから、社員には賞与も出ます。
役員報酬カットするくらいですから、役員の賞与はずっと以前から支給されていません。
当然、総支給ベースでは、社員の方が役員よりも年収が多い現象になります。

 

 

しかも、社員は法的な責任はありません。
外部から袋叩きになる事もありません。
赤字による残業禁止令が出ているので
定時になるとすぐ帰宅です。

 

 

損得勘定で、役員でいることへの疑問がどんどん大きくなっていました。

退職理由2-復帰しても再発の可能性が大きい

退職を決意したもう一つの理由は、病気完治後に復帰する環境でした。
会社に戻っても、与えられる仕事は依然と同じ仕事になるのは明らかです。
再発するのは時間の問題です。
しかも、復帰後の収入は現在よりも悪くなっているのは間違いありません。

 

 

悪条件の中、精神面で苦しい思いをし、
さらに24時間のほとんどの時間を時間を捧げるほど価値があるのだろうか?
そう考えると、会社への未練はなくなりました。

 

 

退職を会社に告げる際、
妻へは相談をしませんでした。
以前から、会社の状況を話していたので
退職の意志が固いことを知っていると思っていたからです。

 

 

しかし、妻の考えは全く違っていました。

 

 

次のページに進む  ⇒ ⇒ ⇒ 『実家に引っ越し、妻と別居』

 

適応障害が完治した改善法  ⇒ ⇒ ⇒ 『適応障害症状が一か月で改善』

 

トップページに戻る  ⇒ ⇒ ⇒ 『トップページ』

 

 

 

 

 

 

退職関連ページ

適応障害の発症原因
適応障害になった最大の要因は為替です。円高による為替差損でした。
発症時の症状
夜眠れない、頭痛がする、吐き気がする、変な精神状態は要注意
脳神経外科では異常なし
精神的な疾患症状を脳の異常だと勘違いして脳神経外科に行った時の診察内容
適応障害と診断される
適応障害と診断された私の症状は、薬で根気よく直していくしかありませんでした。
休職願いを提出
適応障害の診断書を添えて休職願いを提出。いよいよ治療に専念!
家族の対応
適応障害と診断されたことを家族に報告。そのとき家族は…
一日の過ごし方
適応障害と診断されて休職。休んでいる間の家出の過ごし方について
薬の効果
会社を休職して療養開始。治療は薬だけ。
新たな症状が現れる
薬を頼りに始めた療養生活。適応障害とは違う症状が発症
毎月の診察
定期的に担当医からヒアリングを受け、それに応じて薬の処方を変えたりしていきます
傷病手当金支給を申請
適応障害で会社を休職。無収入を傷病手当金で賄う
実家に引っ越し、妻と別居
適応障害で退職し、無収入となった私は、年金暮らしの独居母の面倒みるために実家に引っ越し
母の死
37年ぶりに実家に戻り母との生活開始18目に母が他界
弟のガン手術
ガンと診断された弟の手術は大学病院で10時間にも及ぶ大手術でした
離婚
適応障害で退職し、再就職口もない私に愛想つかした妻から離婚の話が
ぜんぜん改善しないことの焦り
クスリやクリニックでの治療では改善の兆しが感じられませんでした
劇的に改善し始める
いっこうに改善しない適応障害が一気に快方に向かい始めた
克服の兆候
長期間、薬やクリニックでも改善しなかった適応障害が、1日5分で治り始めた。
適応障害の完治を実感
2年に及んだ適応障害は、1日5分で克服完治